それからの数週間、普段は校舎で顔を合わす機会が少ない2人は、昼休みに人気の少ない屋上で会ったり、はたまた部室で会ったりと、普通の恋人関係を築いていた。
あの手塚国光と越前リョーマが、こんな関係だと言う事は、校内でもテニス部の不二周助しか知らない事実だった。
それほどこの2人が、先輩と後輩の関係と恋人の関係を上手く使い分けていたと言う事なのだろう。
意外と演技派だった。
そして、また金曜日がやって来た。
この日もいつもと同じ様に一緒に帰る約束をした。
帰り道は他愛の無い話をしながらも、そっと手を繋いだりして、楽しい一時を過ごすのが常だった。
「今日も送ってくれて、ありがと」
自宅に着いたリョーマは手塚にお礼を言い、頬にちゅっとキスをする。
もちろん周辺に人が居ないかを確認しての行動だ。
「リョーマ…」
頬に触れたリョーマの柔らかい唇の感触を、手塚はしばし楽しんでいた。
「それじゃ、また明日ね」
「あぁ、お休み」
手塚はリョーマに別れの挨拶をすると、自分の家に帰って行った。
リョーマは見えなくなるまで手塚の後姿を眺めていた。
「只今帰りました」
手塚は自宅へ帰ると、まず母親に挨拶をする。
「国光さん、お帰りなさい」
息子の姿を見ると、ニコリと笑みを浮かべた。
今日は遅かったのね、と聞かれれば「後輩と部活の事で話していたので」と答える。
「そうなの、部長さんも大変なのね」
母親は、自分の息子が部活で部長の役目を負っている事をやんわりと労った。
「いえ、それほどでもありません」
着替えて来ます、と告げて自室へ向った。
部屋に入り、まずは学生服を脱いだ。
そしてそれを畳むとタンスの上に置く。
軽い服装に着替えると、ベッドに腰掛ける。
「…リョーマと付き合い始めて1ヶ月か…」
自分が蒔いた種だったが、意外にも芽は生えた。
これからは、その芽をしっかりと育てていかねばならない。大変だろうが、それはとても楽しい事になりそうな予感がしていた。
「ただいま…」
ガラリと扉を開けると、奥の部屋から従兄妹の菜々子が迎えに出て来た。
ついでに愛猫のカルピンも、主人の姿を見付けて近寄ってきた。
「お帰りなさい、リョーマさん。ご飯出来ていますよ」
「ん、食べる。親父と母さんは?」
出迎えたのが菜々子だけだったので、両親が不在なのだと感じていた。
「おじ様とおば様は、檀家のお宅に行っていますよ」
しかも、一泊二日という事だ。
「ふーん、まぁいいけどさ」
両親がいない事もリョーマには特に関係のない。
出された食事を1人で食べ始める。
「私もこれから出掛けますので、明日の朝ご飯はここに置いておきますね」
しかも、菜々子までいなくなると言うのだ。
それには少しだけ焦りを感じるリョーマ。
明日は土曜日、しかし部活はある…起きられるのかが、かなり心配だ。
「それじゃ、鍵はしっかり掛けて下さいね」
菜々子はリョーマにお願いをすると家から出て行った。
玄関の鍵を掛け、リビングに入る。
「ふー、本当どうしようかな…」
リョーマはしばらく考えると、思い切って受話器を握った。
『はい、手塚でございます』
「あっ、青学テニス部の越前といいますが、えと…部長はいらっしゃいますか」
普段使わない丁寧な言葉に、舌を噛みそうになりながらもなんとか言う事が出来た。
リョーマが掛けたのは手塚の所だった。
まだ携帯を持っていないので自宅へ掛けるしか無い。
『越前君?国光から良くお噂を聞いていますよ。ちょっと待っていてね』
その後、待合の曲が受話器から流れてきた。
「どんな、噂してるんだろ、あの人…」
ぼんやりと考えていると、待合の曲が止まった。
『リョーマ?どうした』
受話器から恋人の声が聞こえてきて、少しホッとする。
どうやら手塚は自分の部屋で電話に出ているようだ。
それでなくては、自分の事をリョーマと呼ばないだろう。
「あ、明日なんだけど、もしかしたら起きれないかもしれないから…」
リョーマは自宅の様子を話し、自分一人で起きるには時間が掛かるからと告げた。
普段の朝練からでもわかるように、リョーマはかなり朝が弱いのだ。
受話器の向こう側は沈黙していた。
こんなくだらない事で電話して、もしかして怒っているかもしれない。
「あ…えと…」
リョーマはごめんなさい、と謝ろうとしたが、それは手塚に阻まれた。
『…俺が泊まりに行っても構わないか?』
手塚からの返答はこれだった。
「え、あっ構わないけど…」
『ならば食事も済ませたし、今から行くがいいか』
「うん…」
手塚は泊まる事を決め、到着する時間を告げると電話を切った。
リョーマはかたんと受話器を本体に戻すと、真っ赤になっていた。
「どうしよう、部長が泊まりに来るなんて」
まさか自分の電話から、こんな事になるとは考えていなかったリョーマは、急いで部屋の片付けを行った。
でも本当は、ほんの少しだけ期待していたのだ。
それから、数十分後に手塚は越前家に現れた。
玄関の鍵を掛けていたので、リョーマは慌てて外して手塚を家に招き入れた。
「お邪魔します」
誰もいない事は知っているが挨拶だけはしっかりしないといけない。
「どうぞ」
リョーマはスリッパを差し出すと、とりあえずリビングに案内した。
そして冷蔵庫から烏龍茶を出すと、コップに移し手塚の前に差し出した。
手塚はラフなスウェット姿で、何時ものスポーツバッグを持っていた。
「この中にジャージとか入れてある」
手塚はリョーマの心を読んだのか、リョーマが思った事に対して答えた。
「お風呂は?入って来たの」
自分は部屋の片付けをしていたのでまだだった。
「あぁ、もう済ませてきた」
だからなのか、手塚からはシャンプーかソープのいい香りがしていた。
「それじゃ、俺入ってくるから適当に寛いでて」
これテレビのリモコンね、と手塚に告げると部屋から着替えを持ってバスルームに入って行った。
ちゃぷん…。
「ふう、何か緊張してきた」
湯船には大好きな登別の入浴剤を入れてみた。
その中をぶくぶくと口元までお湯に浸かる。
手塚の前では冷静な態度を取っていたが、その心中は緊張を隠せないでいたのだ。
「さっさと出よ」
ざばっとお湯から出ると身体と髪を洗った。
そして最後にもう一度だけ湯船に浸かる。
しっかり温まると風呂から上がった。
「お待たせ」
その言葉に、手塚はリョーマの方を振り返った。
パジャマに身を包んだリョーマは、濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いていた。
ほんのりと赤く染まった身体。
その姿に手塚は少しだけ頬を赤く染めた。
「リョーマ」
手塚はリョーマを自分の元に呼び寄せると、そっと抱き締めた。
「…きちんと乾かせ」
タオルを奪い取ると、殊更優しくリョーマの髪を拭き始めた。
髪を拭く手塚の行動に少し驚いた顔をしたが、男らしい手から想像が出来ないほどの優しい仕種に安心して任せる事にした。
「これでいいか」
手塚はタオルがしっとりと濡れ、その代わりにリョーマの髪が乾いて来たのに気付くとタオルを外した。
「ありがと、国光」
後ろを振り返り、髪を拭いてくれたお礼を言った。
「タオル置いてくるね」
リョーマは立ち上がり、バスルームへ置きに行った。
「あれ?カルピン」
待たせてはいけないと、急いでリビングへ戻ると、そこには自分の飼い猫のカルピンが、手塚にゴロゴロと懐いていた。
手塚は近くにあった猫じゃらしを、カルピンに向けて振っている。
そんな光景に少しだけムッとした表情のリョーマ。
「ん?どうした」
手塚はリョーマが戻って来た事に気付くと、そっと手を差し出した。
「ほら、こちらにおいで」
普段は見せない笑顔をリョーマに向けた。
その笑顔に引き寄せられると、差し出された手に自分の手を重ねた。
そしてぐいと引っ張られると、すっぽりと手塚の胸に抱き締められた。
自分の背中に感じる体温が温かい。
「何か怒っているのか」
手塚は胸の中の愛しい存在が、不機嫌になっている事を即座に感じ取っていた。
「そんな事…」
ない…と言いたかったが、カルピンに嫉妬したなんて言える訳が無かった。
「この猫は?」
手塚はそんなリョーマの様子を眺めて、もしかして…と思い猫の事を尋ねた。
「あ…カルピンって言うんだ。可愛いよね、猫って。でも見た目から白いたぬきとか言われちゃうけどさ」
機嫌が悪くても、ついつい猫の事になると親バカになってしまうリョーマ。
飼い猫について楽しそうに喋るリョーマを、手塚は優しい目付きで見つめていた。
「俺、うるさかった?」
1人で喋っていた事にようやく気が付いたリョーマ。
手塚はそんなリョーマの身体を少しだけ強く抱き締め、耳元に口を寄せると、思った事をそのまま伝えた。
「いや、お前にこんなに愛されていて、少し羨ましいと思っただけだ」
さらりと爆弾発言をする。
言われた本人は、その発言にボンっ、と顔を真っ赤に染めた。
「へ…変なコト言わないでよね!」
顔、見えなくて良かった。
背中から抱き締められている事でリョーマの顔は手塚からは見えない。
しかし手塚は後ろから見える耳元が、真っ赤に染まっているのを見逃す事はない。
「俺は本気なんだけどな」
「なっ!」
更に追い討ちを掛けるセリフを吐き出す手塚に、ギブアップ寸前のリョーマ。
2人はリョーマが欠伸をするまで、こんな調子で初めての夜を満喫していた。
「国光はベッドと布団どっちがいい?」
既に時計の針は、リョーマが寝る時間となっていた。
リョーマは自分の部屋に招待すると、用意してあった布団とベッドのどちらで寝たいかを聞いたのだ。
本来はお客様に布団で寝て貰うのが普通なのだが、世の中にはベッドでしか寝られない人もいたりする。
「…このベッドでいつもお前が寝ているのだな…俺は布団でいい」
手塚は何を想像したのか、少しだけ頬を赤くした。
「…何?」
リョーマには「俺は布団でいい」の部分しか聞こえていなかったようで安心した。
自分に宛がわれた布団の枕もとに、明日の着替えを置く手塚。
こんな所は几帳面と言うのか、真面目と言うのか。
「じゃ、電気消すね」
パチンとスイッチを消すと、リョーマはごそごそと自分のベッドに入った。
「お休み、リョーマ」
「…おやすみ、国光」
挨拶を済ますと、ほどなくして夢の世界へ入って行った。
チュピ、チチチ…
「…ん…朝か…」
外の小鳥の鳴き声で目を覚ます手塚。
時計を見ると6時5分だった。
普段通りに眼が覚めるのは、日頃の鍛錬からか。
ゆっくり起き上がると、隣のベッドで寝ているリョーマを見る。
丁度こちら側に顔を向けていたので、手塚は存分にリョーマの寝顔を楽しんだ。
瞼を閉じているリョーマの顔は、作り物のように美しくて目を離すことが出来ない。
楽しい夢を見ているのか、口の端が少し上がっている。
暫くその寝顔を眺めていた。
「……ん」
ゆっくりと瞼が開き、リョーマは覚醒した。
目の前には愛しい恋人の顔。
それだけで、何だか幸せな気分になれる自分がいた。
「…おはよ、国光」
起きた直後の声は少し掠れていて、それがより一層愛しさを募らせる。
「おはよう、リョーマ」
手塚はまだベッドの中にいるリョーマに近付くと、そっとその髪に触れた。
「まだ、早いぞ。起きるか?」
今はまだ6時を半分過ぎた所、今日の部活は9時からなのでまだ時間はある。
普段のリョーマなら、絶対に二度寝に入っていただろう。
しかし今日は違っていた。
「ううん、起きる…」
本当はもっと寝たいけど、折角だから。
何が折角なのかと聞けば「国光がいるのに」と、なんとも可愛い事を言うではないか。
そのままリョーマはベッドの上で「ん〜」と身体を伸ばす。
「それならば、洗面を借りてくるから」
「うん。あっ、場所わかるよね」
大丈夫だ、と告げると部屋を出て行った。
「…何か嬉しいな」
リョーマはパジャマを脱ぎ捨てると、部活に行く為に着替えを始めた。
「悪かったな、手伝わなくて」
手塚が部屋に戻ると、リョーマは着替えを既に終えていて布団を片付けていた。
「いいよ、俺が電話したのが原因なんだから」
気にしないで、と手塚に笑って言う。
布団を片付け終えたリョーマは、手塚に着替えをさせる為に部屋から出て行こうとした。
「俺、朝ご飯の用意して来るから」
昨夜、従兄妹が準備した朝食は、軽く2,3人分はあり、一体誰が食べるんだ?と思ったが、思わぬ所で助かった。
そして手塚に「着替えたらキッチンに来てね」と告げ、部屋のドアを閉めた。
「…新婚気分とはこの様なものなのだろうか」
いつもとまるで違う朝に、手塚は新鮮さを感じていた。
「リョーマ?」
自分も手伝おうとキッチンに顔を出す手塚。
そこには、慣れない手付きで包丁を持つリョーマの姿。
しかもその身には、母親か従兄妹のものと思われるエプロン。
かなり似合い過ぎていた。
「あっ、もうすぐ出来るからそこに座ってて」
リョーマはサラダを作る為、トマトを切っている最中。
これでは、まさしく新婚そのもの。
サラダを作り終えるとテーブルに置いた。
「はい、どうぞ」
リョーマは手塚の前に、ご飯が盛られた茶碗と豆腐とワカメの味噌汁を置いた。
おかずは、焼き鮭とだし巻玉子と漬物、そしてサラダ。
和食中心の食事を、手塚は喜んで食べた。
特にサラダは、とても美味しく感じた。
食事の片付けは2人で行った。
そんな些細な事でも幸せな気持ちになれる。
「うにゃ?めっずらしー、おチビが早いよ〜」
菊丸は珍しくリョーマが早く着た事に大声で驚いた。
「…ちース」
リョーマは菊丸に軽く挨拶をすると部室に荷物を置きに行った。
途中まで一緒に学校へ来ていたが、到着する少し前に手塚にリョーマが「先に行って」と行かせたのだ。
「おはよう、越前。今日は早いんだね」
部室に入ると不二が待ち構えていた様に近付いて来た。
「…はよっス」
何だか、嫌な予感が身体中を駆け巡る。
不二はいつもの笑顔だったが、これがマズイって事を重々知っていた。
「ねぇ、越前…」
「…なんすか」
どんどん嫌な予感が増して来た。
「手塚はどう?」
「は?」
「だからあの手塚が、色恋沙汰に興味を持つなんて凄い事じゃない」
不二は初めから知っているかの様な口振りでリョーマに聞く。
いや、本当は初めから知っていたのだ。
コートでリョーマを見つめる手塚の眼差しが、ただの生意気な一年生に対してのものから、恋をする眼差しに変貌する所を見ていたのだから。
「どうって言われても…」
本当に困ってしまった顔をする。
聞いた本人である不二も、まさかこんな表情をするなんて思わなかった。
「あの…」
「ちぃーす」
リョーマが口を開いた瞬間、部室のドアがバンと開き桃城が入って来た。
「あっと…何かマズかったすか」
空気を読めない桃城の行動に不二は無表情になり、リョーマは助かったとホッと溜息を吐いた。
「じゃ、俺、コートに行くんで」
するりと不二の横を通り過ぎると、開けっ放しになっていたドアから出て行った。
「桃…バッドタイミングだったね」
不二の静かなる怒りは桃城へ向けられていた。
「よし、レギュラー集合」
竜崎の一声でレギュラーの面々は竜崎の元へと集まる。
しかし桃城だけは、既に疲れきった様子で皆を心配させた。
「何かあったのか?」
大石の心配する声にチラリと不二を見て「何でもないっすよ」と呟いた。
レギュラーのみAコートで試合を始める事になった。
まずは、シングルスで乾と海堂の試合。
リョーマは菊丸と桃城に捕まっていて、試合をそっちのけで話をしている。
手塚と大石と河村は、真剣に試合内容を眺めている。
「手塚、君達って本当に付き合ってるの」
不二は先程のリョーマの態度が気になったのか、手塚の横に来ると話し掛けた。
一瞬、眉間に皺を寄せる手塚。
不二とその場を少しだけ離れると、聞かれた事の真意を確かめる。
「どういう意味だ」
「さっき、部室で越前に君の事はどうって聞いたけど、すごく困った顔してさ」
部室内でのやりとりを全て話した不二。
それには、また眉間に皺を寄せる事になった。
「…いきなりそんな事を言われたら、誰だって困るだろう」
しかもリョーマは、誰にも知られていないと思っていたのだから。
「それもそうだね…悪かったね、手塚」
越前にも後で謝っておいて。
不二は自分の行動がこの2人の関係に変な誤解を与えない様に、ゆっくりとその場を立ち去った。
しかし、リョーマはしっかり2人の動きを見ていた。
その事には不二も手塚も全く気付く事はなかった。
「よし、次は不二と越前…コートに入れ」
竜崎は第二試合に不二とリョーマを選んだ。
乾と海堂の試合は、乾の勝利で終わっていた。
乾は「いいデータが取れた」と満足気にコートから離れ、海堂は悔しさのあまり、一人練習に励み始めた。
そして二人がいなくなったコートに、不二とリョーマが入った。
リョーマは強張った表情を浮かべ、不二の顔をちらりと見た。
不二はいつもの笑顔でリョーマと向き合う。
「お手柔らかにね」
「…こちらこそ…」
不二のサービスで試合は始まった。
試合は途中から大雨が降った為に、中止となってしまい勝負は引き分けとなった。
仕方なくコートを引き上げるリョーマの表情はかなり悔しいものになっていた。
「なんか、今日の越前。いつもと違っていたっすね」
濡れたユニフォームを着替える為に、慌てて部室へ入る部員達。
雨のおかげで練習は中止となり、着替えた者から順に帰って行った。
そして、またもやレギュラーの数人だけが部室に残っている。
手塚、大石、桃城、菊丸、不二、そしてリョーマ。
「そうだな」
桃城の意見に大石は相槌を打った。
当の本人は何か考え事をしているのか、会話に加わる事は無かった。
「まぁ、おチビは試合となると変わるからね〜。それじゃ、おっさきー」
菊丸はさっさと着替えると、大石と不二を誘い帰って行った。
何故この二人を誘ったのかと言えば、「傘持ってる?」と皆に聞いた所、不二と大石そして手塚のみが、念の為に部室に傘を置いていたからだ。
とりあえず、家の近くまで濡れずに帰る事が出来ればいいと、この2人と誘ったのだ。
「それじゃ、俺もお先に失礼します」
桃城は手塚に挨拶をすると、雨の中を走って行った。
部室内は手塚とリョーマの2人きり。
「どうした、リョーマ」
部誌を記入していた手塚は、全く言葉を発しないリョーマが気になり始めた。
リョーマは窓際のベンチに座り、少しだけ窓を開けると雨が降る外を見ていた。
「…さっき、何話してたの」
未だに外を眺めたままで、手塚に尋ねるリョーマ。
手塚はその言葉で、今日のリョーマの様子がおかしかった事を察した。
書き終えた部誌を閉じると、リョーマの側に近寄る。
「不二に言われた事は気にするな」
「何で知ってるの、あの人?」
リョーマは不二がこの関係を知っていた事に対して、手塚に不信感を感じた。
まさか不二先輩に話したのか?と。
「…認めたくないが、あいつのおかげでリョーマと付き合えたのだからな」
ふうと溜息を吐き、手塚はリョーマにこの恋の成り行きの全貌を伝えた。
話を聞くリョーマの表情には、先程までの強張ったものが消え去っていた。
この恋に気付いたのは、不二の一言から。
もし言われなかったら、この恋は一生芽生える事はなかっただろう。
手塚の言葉には偽りは無い。
だから不二は、自分の一言が発端の恋を、心配に興味を含めて聞いてきたのだ。
「不二はお前に俺の事を尋ねたようだが…」
ずいとリョーマの前に顔を出した手塚。
「な…何?」
いきなり目の前に手塚の顔が現れ、ポッと頬を赤らめる。
ついでにほんの少しだけ、身体が後ろに退いてしまった。
「何故、答えなかったんだ」
何も言わなかった事は不二から聞いていた。
「え、だって…誰にも知られていないと思ったし…」
恥ずかしくて言えなかった、と話した。
相変わらず可愛い事を言う。
そんなリョーマの頭に手を乗せ撫でる。
その手が気持ちいいのか、うっとりとした表情を浮かべてその手を受け入れる。
「だって…国光はいつも優しいし、格好いいから…ドキドキするんだもん」
不二には言えなかった自分の大好きな相手の事。
聞かれた時に、言えなかった言葉。
「…リョーマ、嬉しいよ」
両手でリョーマの頬を包むとキスを贈る。
手塚は告白に対し、行動で示したのだった。
キスはとても優しくて温かくて、手塚の想いが身体の隅々に浸透していった。
部誌を竜崎に渡すと、2人は1つの傘に入り家に帰る。
簡単に言えば相合傘。
もちろん傘は手塚の物だ。
「だったら、教えてくれれば良かったのに」
その途中、リョーマは不二が知っていたのなら言って欲しかったと文句を言った。
たとえ不二が知っていたとしても、2人の関係には何も影響を及ぼさない。
「悪かった」
それには素直に謝った。
ついでに不二が謝って欲しいと言っていた事も伝えた。
「うん、許してあげる」
リョーマはニッコリと微笑み、手塚の頬にキスをした。
しばらく部活の事を話しながら歩く。
「国光さん?」
不図、雨の中後ろから手塚を呼ぶ声。
それは正真正銘、女性の声だった。
「え?」
手塚は少しだけ振り向くと、自分を呼んだ相手を見た。
リョーマは「一体誰?」と手塚に尋ねた。
手塚が答えるよりも早く、その女性は近付いて来た。
「あら、そちらの方は…越前リョーマ君ね?」
その女性はリョーマを見付けると、喜んだ声を上げた。
「まぁ、何て可愛らしい。」
全身を隈なく見渡すと、感想を述べた。
「えっと…この人は?」
手塚にこの女性が誰なのかを恐る恐る聞くと「母親だ」と答えた。
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